輸出品の50%をハイテク商品が占め、サイバーセキュリティ関連商品で10%のマーケットシェアを持ち、1万を超えるスタートアップを継続的に生み出す。そんな国がイスラエルです。デジタル領域に関わっている方は、好むと好まざるにかかわらず、なんらかイスラエルの商品を利用していると思います。
イスラエル、スタートアップ・ネーションの背景
インテルがはじめて米国外にR&Dセンターを設置したのは1974年のイスラエルでした。その後40年を経て、インテルは2017年時点でも未だにイスラエル国内で最大の技術者の雇用主であり続け、最初のパソコン向けプロセッサーである8080、ペンティアムMMX、Centrinoなど多くのプロセッサーはインテルのイスラエルR&Dセンターから生み出されてきました。
結果、250以上のグローバル企業がイスラエルにR&Dセンターを設置し、その中にはインテルだけでなく、アップル、フェースブックやHPなどの米国の巨人、そしてサムソン、ファーウェイなど中国・韓国企業も含まれています。
スタートアップの数
2009年にサウル・ジンガーによって書かれたスタートアップ・ネーションという本によって、イスラエルの研究開発におけるレピュテーションは確固たるものになりました。1999年から2014年にかけて、イスラエルでは10、000社以上のスタートアップが設立され、いまだその半数がビジネスを継続し平均2.6%の年成長と100億円以上の売上を誇るという結果となっています。その中には、楽天が買収したViberやグーグルが買収したWazeなどの企業も含まれています。
過酷な環境が育むスタートアップカルチャー
このようにイスラエルがスタートアップとイノベーションの中心地となったのは、実は日本と近しい環境にあったからだと言われています。イスラエルは水や天然資源に恵まれず、第1次産業での成長は限定的のため、教育に金をかけてイノベーションによる成長を指向せざるえない状況にありました。さらに日本と違い、紛争の火薬庫という地政学上の位置付けが、近隣アラブ諸国のマーケットにアクセス出来ない上に、原材料などの運輸コストを引き上げるため、第2次産業での成長も見込めない状態にありました。結果的に、技術による躍進やソフトウェア、デジタル技術という輸送コストの低い産業への集中が進んだと言われています。
軍需産業が育むスタートアップカルチャー
また、絶えないアラブ諸国との軋轢と周辺各国との人口格差は、軍事技術での優位性を維持することの重要度が高く、軍需産業およびその周辺でのR&D活動がスタートアップを育むインキュベーターとしての役割を持っていると言われています。さらに3年の徴兵制度があることで、多くの人が兵役時代の同期生ネットワークや部隊の同窓生ネットワークに属しており、その中で情報共有やがおこなわれることで、オープンイノベーションが実行しやすい環境になっているようです。
流動性が育むスタートアップカルチャー
そして、イスラエルはシオニズムによる建国経緯もありユダヤ人が集まった流動性の低い国というイメージがありますが、実は移民大国でもあります。2014年時点で30%の国民が70以上の国と地域からなるイスラエル国外で生まれ人によって占められています。この中にはアメリカからも多くの人がディアスポラとして戻ってきていることもありますし、1990年代のソ連崩壊によって多くの旧ソ連国家にいたユダヤ人が移住したこともあります。結果として、ひとつの民族アイデンティティのもとに東西のさまざまな知見と経験が混ざりあった社会を作り上げていることも、新しいアイディアが生まれる環境が揃っていると言われる理由です。
イスラエルの著名スタートアップ
領域別に多くの著名スタートアップが存在しており、サイバーセキュリティのFireglassはシマンテックに買収されましたが、Illusive Networkなどは引き続き大きなプレゼンスを単独でしめしています。データビジュアライゼーションのDatrama, デジタル広告のOutbrain, デジタルデータを蓄積するSimilarwebなど、多くの領域でリーダーとして活躍している企業があります。
2017年の環境
2016年のイスラエル向けのスタートアップ投資は、中国からの投資が増えたこともあり史上最高を記録し堅調さを維持していることを示しました。ただし、サイバーセキュリティのスタートアップバブルが一段落したこと、上場・買収などでイグジットした会社のバリューとしては2015年比で70%程度に終わり、マーケットの成熟による成長の変化が想定される状況となりました。
AIスタートアップへの投資
イスラエルのスタートアップもAIへの投資が進んでおり、サイバーセキュリティ領域へのAI適用は当然として、自動運転に関わるスタートアップが拡大するとともに、スナップチャットに買収された3Dイメージ生成技術のCimagineなど投資が進んでいる。同時にChatbotのサミットがイスラエルのテルアビブで行われるなど、要素技術だけでなくユースケースへの拡大が進む。
引き続き好調な資金調達
2017年Q2まで300社3000億円以上が資金調達に成功している。これは前年比4%減とはなっているが、20億円を超える大型のシリーズCやDが増えるとともに、5億円以下の調達件数は減っており、スタートアップ企業の成熟が進んでいると考えられています。IVCによると2017年の調達はソフトウェア、ライフサイエンスの2領域で69%を占めるとのことで、ライフサイエンス・バイオの拡大が進んでいる。イスラエルのライフサイエンス分野の最大のイベントであるBiomed も年々拡大している。
ICOによる資金調達
イスラエルのブロックチェーン・スタートアップのBancorが、153億円と2017年7月時点で最大のICOを実現している。BancorはEnterprise Ethereumのプラットフォームを提供していますが、一部投資家からは153億円もの調達をする必要がEnterprise Ethereumベンチャーに必要なのかという疑問もでているようです。とはいえ、VC投資の参加なイスラエルでもICOによる資金調達は拡大すると予想されています。
イスラエルの注目企業
RideON
Augmented Reality(仮想現実)の会社で、作っているものが未来的でかっこいいスタートアップです。スキー、ペイントボール(サバイバルゲーム)、スキューバダイビング、セーリング、サイクリング、ランニングなどアウトドスポーツで使える情報を表示するゴーグルを開発している会社です。ウェアラブルのベンチャーは全体的に不調ですが、ニッチに集中しているので、がんばってもらいたいと思います。
Otonomo
自動車に関わるデータの重要性は自動運転の開発や運営の発展により拡大しています。自動車関連データの取引が可能なマーケットプレイスのOtonomoは、さまざまな自動車データを蓄積して自動車メーカーや自動運転に関わるアプリケーションを開発するベンダーとのデータ取引を推進しています。データは囲い込まれるよりも、オープンであるべきだと思うので、日本にもデータマーケットプレースが広がれば良いなと。
Innoviz Technologies
イノビズテクノロジーはカナダの自動車パーツメーカーマグナのパートナーとして、自動運転やIoTに必要となる3Dセンサーの技術によって、常にクルマの周辺をリアルタイムでマッピングする技術を開発してするスタートアップ。ラスベガスで行われるCESでもデモを行いました。
Storedot
モバイルバッテリーを開発しているスタートアップ、リチウムではなく環境負荷の低いナノマテリアルを使い、スマートフォンの充電を30秒程度で実施可能な充電池を開発しています。モバイルバッテリーにとどまらず、環境負荷の低いディスプレーや自動車のバッテリーなども開発し、GreenTechを代表するスタートアップとなっています。
CartiHeal
カルティヒールは、ランニングや体重などで酷使されることが多い膝など脚部の軟骨や骨を再生する製品を作っているバイオテックのスタートアップです。ヨーロッパ、アメリカでの臨床試験を開始しており、一度すり減ると戻らない脚部の再生はクオリティオブライフに大きな影響を与えることもあり注目を集めています。
イスラエルの歴史
イスラエルの特殊な成り立ちや文化・マーケットについて理解するためには、第2次世界対戦からの100年での中東史を理解することをおすすめします。日本では報道されることが少ない中東やパレスチナの問題の根源を理解することは、同じく単一民族としてのバックグラウンドを持つ日本人として知るべきことだと思います。
1990年代に書かれた少し古い本ですが、コンパクトにイスラエルの歴史をまとめていまる本です。流石に古く最新の状況についてはウィキペディアを参照ください。