日本ではマーケティングを宣伝部と広告代理店が担当して、マーケティングという概念が非常に乏しい環境にあった期間が長く続きました。
この体制はコトラーの言うところのMarketing 1.0で日本企業がプロダクト主体のコミュニケーションを行うには効果的な手法だったのだと思います。Marketing 2.0, Marketing 3.0と進化が進むに連れて、広告だけでなくマーケティングの重要性が認識されて、CMO(チーフ・マーケティング・オフィサー)を設置する会社が多くなってきました。
グローバルの会社の場合、米フォーチュン500では62%、米国全体で40~50%の企業がCMOを設置しており、自社におけるマーケティングの位置づけを明確にして、企業を俯瞰的にみるマーケティング専門チームを率いる場合が多いと思います。
彼らは、売上と利益という製品のP&Lに責任を持つ場合が多いですが、日本のマーケティングはサポートファンクションにとどまる場合が多いかと思います。
それでも、CMOを設置して鷹の目で俯瞰的にマーケティングをみる最大の目的は、マーケティングのアプローチを全社で統一することと、マーケティングの知見や事例を共有することを目的としている場合が多いようです。
プロダクト単位のマーケティングチームが乱立している会社にパートナーとして仕事をする機会が多いのですが、KGIやKPIの決め方や、意思決定までのプロセスが部署によって違うことで、人材の流動性や他部署からのサポートが効率的に行えない、投資予測モデルなど蓄積された知識をそのまま当てはめられないなど、統一されたアプローチを確立することは必須となっています。
CMOの役割の拡大
多くのCMOの現在の役割は、ブランド構築、広告活動のROI最大化と効率化、とマーケット調査が主たる役割となっています。ただし、CMOの役割はデジタルの拡大にあわせて拡大しています。
プロダクト・ブランディングはマーケティングの主な活動と捉えられていますが、コーポレートブランディングは採用や従業員の意思統一など限定的な役割として位置づけでした。P&GのCEOの必読書を紹介したようにオープン・イノベーションなど、企業活動においての協業が重要となっています。
では、どのように協業を進めていくのか、社内外にどのようなイメージを投射して、最適なパートナーと協業していくのかというパートナーシップの戦略を作ることはCMOの役割として大きな位置づけを占めるようになってきているようです。
また、デジタルの拡大により、マーケット調査をするだけでなく生活者の購買パターンが変化していく中で企業のチャネルや流通施策変化をリードすることが期待されるようになります。
CEO, COO, CFOなど歴史の長いポジションに比べると、CMOの定義はまだまだ定まっていませんが、だからこそ各社のCMOの取組みや知識を理解していくことで、ポジションを作るだけでなく、どのような役割をCMOに期待して、マーケティングを自社の中で位置づけていくのか、なんの権限を付与していくのか参考にしていくことが必要だと思います。
特に、日本企業はタイトルと組織だけ存在して、権限が不明瞭という場合も多いですので、どの領域の意思決定を担うのかを設定することが、CMOという位置づけが不明確な役職だからこそ重要だと思います。
OPTION B(オプションB) 逆境、レジリエンス、そして喜び シェリル・サンドバーグ
Option B: Facing Adversity, Building Resilience, and Finding Joy, by Sheryl Sandberg
この本は、現在HPというアメリカのコンピューター会社のCMOをしている、アントニオ・ルッチオが、同じ作者の「LEAN IN(リーン・イン) 女性、仕事、リーダーへの意欲」 などとともに推薦しています。
ルッチオは、ペプシコのCMO、VISAのCMOなどを歴任してきたブランディングやマーケティングのプロフェッショナルです。
そんな彼が推奨する本は、実はビジネスに関わる本ではなく、フェースブックのCOOをしているシェリル・サンドバーグが女性のキャリアや、彼女が突然パートナーを失った際にどのように自分の中で決着をつけたのかということを書いた本です。
ルッチオがHPのマーケティングをリードするにあたって考え続けたのが、古き良きアメリカのコンピューターの会社において、どのようなマーケティングの組織を作るべきかが最大のチャレンジだと インタビューで語っています。
結果、彼は世界中のマーケティングポジションにおいてシニアポジションに女性の登用をしていきます、これは75年の歴史をもつ理系の会社としては大きなチャレンジです。その中で、シニアな女性リーダーのことをより理解するためにシェリル・サンドバーグの本を読んでいるようです。
ルッチオは、テクノロジーの会社であるHPの使命は、生活者がより良い生活を送れるようにする技術を、どこにいるひとでも、どこにいても享受できるようにしていくことと理解しており、そのためには生活者の環境を反映した組織を作ることはbusiness imperative(仕事上の必須のこと)と言っています。
女性の登用は、社会問題として取り組むコーポレート・バリューとして捉えられていることが多いですが、ビジネス・インペラティブととらえ、そのために女性の直面するキャリア上のチャレンジを理解しようとするというアプローチはとても先進的な考え方だと思います。
巨象も踊る ルイス・ガースナー
Who Says Elephants Can’t Dance? by Louis Gerstner
IT業界における最大企業IBM、この頃ふたたびビジネスの不調が騒がれていますが、それ以上の不振に陥っていた90年代のIBMを立て直したのがルイス・ガースナーです。
官僚的な巨大組織であるIBMが、ナビスコという異業種のCEOを経営者に迎えて、財務の改善、戦略の立て直し、事業の選択、社内文化の改革などによりリーダー企業として返り咲くまでを、ルイス・ガースナーが書いた本です。そして、ビジネス書籍としては非常に読みやすい本です。
この本を推奨しているのは、シスコのCMOをしているマーティン・エスリントンです。
彼も、ミタルなど錚々たるB2B企業のCMOを歴任している人物です。シスコというIBMと同じIT業界に着任したので推奨していると思ったのですが、マーティンは、WEB2.0, WEB3.0, WEB4.0, INDUSTRY4.0など未だに技術進化が進む中だからこそ、ルイス・ガースナーが行った顧客を中心にして物事を考えることが重要である。
IBMの改革においてもコンピュータースピードや視線のトラッキングなど、技術革新について湧く業界において、e-businessというIBMの顧客が直面する消費行動の変化に軸をおいたことが、IBMの企業文化を変えた大きな要素だと考えているそうです。
現在も、技術やデータの革新が続いていますが、技術ではなく、常に消費者を中心にというのは、B2B・B2Cにかぎらず、CMOとして常にチェックするべき姿勢だと思います。
まとめ
CMOになるにはこの本を読めという記事が多くありますが、ブランディング、データドリブンマーケティングやデジタルマーケティングなどテクニカルな手法について書かれた本をリストしている場合が多いです。
その中で、CMOとしての哲学を感じる切り口の本を紹介している2人を紹介しました。マーケティングの役割をどう定義して会社の文化にするのかというのは、間違いなくCMOの最大の役割で、そのための哲学を磨く本というのは、参考になる推奨本だと思いました。
CEOやCFOなどに比べて著名なCMOというのはまだまだ少ないですが、アメリカはランキングやスタッツというのが好きな文化でして、当然CMOのランキングも年代ごとやオールタイムなど様々なものが発表さています。マーケティングの専門家を目指す方は、ランキングを見ながら、彼らの知的な情報源に触れていくのをおすすめします。