オーセンティック・リーダーシップという言葉を聞いたことがありますか?2015年1月号の「ハーバード・ビジネス・レビュー」は、”オーセンティックであることは、リーダーシップの王道”となったと結論づけています。リーダーシップ論の中心となったオーセンティック・リーダーシップを通して、新しいリーダーシップの姿を紹介します。
時代とともに変わるリーダーシップ論
私がMBAを学びにいった理由のひとつはリーダーシップを学ぶことでした。チームをリードして、新組織を構築する、会社の取締役に就任するなど責任が広がっていくたびに、リーダーシップについて本を読んで、人にアドバイスを求めとするものの、どうも自分は本質的にリーダーではないのでは?と思い出しました。では、安定したナンバー2を目指すか?などと考えつつも、リーダーシップの本場アメリカの大学で、実例とともに学んでみようと思ったのです。ハリウッド映画の中のリーダーって、男の子的には憧れがありますよね。
リーダーシップ論の変遷
1960年代よりリーダーシップはカリスマのようなものではなく、スキルとして習得するもので、組織の目標を定め、優先順位とKPIを設定し、率先して行動することで組織を動かす仕事と設定されていました。その後、リーダーの類型やあり方が研究され、ビジョナリー、コマンダー・スタイルといった強い個性をもとに人を率いるスタイルや、コーチング・スタイル、サーバントリーダーのような人の強みを発揮させるスタイルなどに整理され、それぞれのメリット、デメリットを理解した上で、リーダーシップを活用するという議論が生まれました。
これまでのリーダー像への疑問
結果として、リーダーに求められる要素は、明確なビジョンを示す能力、メンバーの意見を尊重し能力を引き出す能力、冷静に正しい判断を下す能力、自己の能力があり人の話をよく聞き思いやりがあるという、それどんな偉人?みたいな内容でした。
加えて、最高のリーダーと呼ばれるアップルのスティーブ・ジョブズは、わがままで、癇癪屋で、気分屋で一緒に仕事をする相手としては最悪だという話はすでに有名でした。しかし、アップルの成功をリードし、世界中から尊敬を集めています。実際、リーダーシップ論の授業では、議論は白熱し、どうにも不完全燃焼でした。
そんな時に、エンロンやワールドコムの一連の企業不祥事への反省をもとに、発表され徐々に広がりつつある概念としてオーセンティック・リーダーシップが紹介されました。
オーセンティック・リーダーシップ(authentic leadership)とは
オーセンティック・リーダーシップを端的にまとめると、「自分らしさをもったリーダーシップ」ということになります。
超人のようなリーダーシップが自分らしい本質と合致している人は問題ありません、そのままキャプテン・アメリカのように生きましょう。一方で、一致していない場合、理想的なリーダーシップに無理に合わせていくと、自身と理想の判断基準にずれが生じます。その結果として外部的な評価に影響されやすくなってしまいます。個性や本質に根ざし、地に足の着いた、自分らしいリーダーであることで、社会・組織・従業員・顧客や課題に対して、謙虚な姿勢で向き合うことができるという考え方です。
提唱者のハーバード・ビジネス・スクール教授のビル・ジョージは、オーセンティックなリーダーは5つを部下に見せることでリーダーとして機能していくとしています。
- 自分の目標を明快に理解する
- 自身のコア・バリューに忠実である
- 情熱的に人をリードする
- 人とリレーションシップを構築する
- 自身の規律を守る
つまり、外部から与えられる地位や資産ではなく、自分にとって成功とは何か、人生で重要なものは何かを深く考え、それに対して正直であれば、情熱を持ってリードできる!ということです。
一見聞くととてもわがままに聞こえますよね?オーセンティック・リーダーシップは、多くの人は誠実で誰かのための役に立つということが本質的にあるということを元に考えられています。なので、生来の詐欺師みたいな人がいたとしたら、そういう人は対象としていません。
オーセンティック・リーダーシップをより理解する
トラディショナルなリーダーシップは、類型的なルーダーシップのテンプレートに対して、自分の現在のスタイルをもとに当てはめて、理想的なリーダーの形にあわせて行くという手法でした。一方、オーセンティック・リーダーシップはいくつかの要素を自分に問いかけながら、リーダーシップのあり方を理解しています。
オーセンティック・リーダーシップは、演じるスタイルではなく個性に基づいている。
リーダーシップとは「個人の個性」であって、作られたスタイルではない。ひとりの人間として、自分を形作る考え方や態度を提示するものです。スタイルは、外部に向けて個性をもとにつくられて、周囲とインタラクトする際に表現される態度です。
そのため、スタイルはビジネスやチームメートなど周囲の環境にあわせて変化します。部下が能力を発揮できるようにコーチしたり、厳しい判断をしたりという状況に応じて、権限を与えて後押しするコーチング・スタイルをとったり、具体的な指示を与えるコマンダー・スタイルを使ったりします。ただし、どのスタイルを取ったとしても、本質的な部分でリーダーが持つ目標と価値は変わりません。
例えば、ぼくのコア・バリューは「something new to society」というものです。変化が好きです、変革が好きです、新しい挑戦が楽しいです。ただし、すべての人が変化を好むかというと安定した環境を好む人のほうが多いです。したがって、その状況に応じて、頭ごなしの命令をすることもあれば、権限を渡して挑戦を応援することもあります。ただし、本質はかわりません。
オーセンティック・リーダーシップは、生まれながらでリアルなものです。
リーダーは、自分自身を偽ってスタイルを擬態することはできません、人は偽物のスタイルを簡単に見抜きます。たとえ一旦は擬態することに成功して信頼を勝ち得たとしても、長期的には、困難な状況に置かれた時に馬脚を表します。
インターネットの登場後、ソーシャルメディア上での振る舞いなど、これまでになく多くの人と関係を持つこととなりました。同時に、違う環境に置かれた際の振る舞いを多くの人がみることができるということでもあります。結果として、インターネット以前に比べて、より馬脚を表しやすくなっています。自分に素直であることは、実は周囲の信頼を得るためには重要です。リーダーが正直であれば、困難な環境に置かれた時に、頼るべき存在として機能することができます。
オーセンティック・リーダーは成長し続ける
リーダーシップの類型的なスタイルに収まるのではなく、自分に対して正直であるのがオーセンティック・リーダーシップです。したがって、スタイルという定形に押し込まれるのではなく、目標を実現するために成長していきます。オーセンティックということは、スタイルや方法の最適解は常に変わっていくため、成長途上ということなのです。したがって、さまざまな役割を経験することをとうして、自分の目標を実現するための方法を学び続けます。
オーセンティック・リーダーは完璧ではありません、もしくは完璧を目指しません
リーダーもミスを犯します。ただし、その失敗を認め学習します。そのために周囲の人に助けを求めることをためらいません。困難な状況であればあるほど、自己の目標を実現するためには人は真摯に謙虚になれます。結果として、課題に直面したとしても、それを乗り越えることが可能となります。
オーセンティック・リーダーは周囲の人に対してセンシティブ
もし自分の個性がほんとに嫌なやつで、無神経で、馬鹿な人だったら、その人はリーダーたりえないのでしょうか?環境が人を作るという言葉がある通り、生まれながらに無神経な嫌な奴というのはいないと考えられています。無神経で自分勝手なのは、幼少時にネガティブな経験をしていて、その結果自分の感情を抑えることができないからです。決して、その人の本質が無神経なわけではありません。
自分の本質を見つめて、実現したい目標や体制にしたいバリューを発見することで、守らなければ行けないものが、ネガティブな体験を再度することへの恐れではなく、自分の本質だということに気づくことができます。つまり、性格が悪いと思われている人ほど、オーセンティック・リーダーシップについて真剣に考えるべきなのです。
オーセンティック・リーダーシップを開発する方法
オーセンティックという英語は、日本語に訳にくい言葉と言われます。実は、英語の世界でもAuthenticityはわかりにくいと言われます。言葉の定義を持ち出すよりも、「もしあなたが、人にどう見られているのか恐れているのであれば、あなたはオーセンティックに生きていない」という例示がわかりやすいと思います。英語のビデオになりますが、オーセンティックにあるための方法を紹介しているビデオです。
では、どうやって自分の本質を理解するのか?当初、オーセンティック・リーダーシップは方法論というよりも概念でした。言うは易し、行うのは難しいというのでは、学問上の考え方にしかなりません。その後、2008年に発表された、オーセンティック・リーダーシップを実施するための4つのステップを紹介します。ただし、具体的な手法については、未だ発展中の考え方です。
1:自己理解(Self-Awareness)
自分理解は内的・外的な価値観が自分のリーダーシップにどう関わっているのか理解することです。そのために、以下の3つのことをしていきます。
- 自分の強み、弱みを理解する
- 自分の態度がどのように周囲に理解されているのか理解する
- 自分の感情がどのようなことをした時に興味を持ち、興味がないのか理解する
上記のような複数のレイヤーからの意見を整理することで、自分が最も大事にしている価値観を理解することができます。
2:自己の道徳観理解(Internalized moral perspective)
オーセンティック・リーダーシップは、エンロンなどの不祥事への反省から生まれているため、道徳観というものと強く関連しています。自分にとっても社会、友人、従業員に対してフェアであるために一貫して持つべき価値なのか整理します。日本人は会社を守るために簡単に犯罪に手を染めてしまいます、このように外部環境に影響されすぎないために、自分の中の道徳観を整理します。
3:バランスを取って処理
自分の目標・コア・バリュー・道徳に対して会っているのか、常に問い続けながら行動をしていきます。例えば、自分のコア・バリューを机の上に貼って、部下や顧客に電話する際に、常にコア・バリューを維持するなど気を使っていきます。
オーセンティック・リーダーシップは、自己の道徳だけにこだわって判断を求めているわけではありません。まず、他人の意見に対してオープンであり、決断をする前に議論をすることや、決断に対してフィードバックを常に求めることを前提としています。
ときに、他の人の意見が自分の目標よりも先を見ている場合があります、自分の目標と価値観が明確になっていることで、柔軟に受け取れるようになります。したがって、自分のコアバリューにあっているのか、道徳にあっているのかとともに、他の人の意見がコアバリューや道徳に対して妥当な位置付けなのか確認することをオーセンティック・リーダーシップは求めています。
4:透明性のある関係を維持 (Relationship Transparency)
実際に部下や周囲の人と関係する際にも本質性を維持すること求めています。オーセンティックなリーダーがコミュニケーション、行動をするときには、正直であることが必須です。秘密のアジェンダ(周囲には正面切っては言わないが、別の目的があって行動する)はなくし、誰もが現状を良しにつけ悪きにつけ理解することで、より良い関係を目指します。
同時に、特徴的なのが感情的になることを禁止していないことです。リーダーは常に言いたいことを言えるわけではないですよね?しかし、言いたいことを言わない結果、よくわからないと言われるよりは、透明性を持って共有していきます。
オーセンティックリーダーシップをより理解するために
オーセンティックであること、というのは概念として理解できても実施にあたって具体的でないと言われます。これまでのリーダー像のようなステレオタイプな理想像は、具体的にどうすればいいのかイメージしやすいですが、自分らしいと言われてかえって戸惑ってしまうのが実際ではないでしょうか。
そこで、オーセンティック・リーダーシップの具体的なスタイルを紹介します。少しでもわかりやすくなってイメージしやすくなればと思います。
また、オーセンティック・リーダーシップについて識者のコメントを紹介します。
オーセンティック・リーダーシップに対する疑問
オーセンティック・リーダーシップは、トラディショナルなリーダー像からかけ離れていることもあり、多くの批判もよせられています。代表的なものをいくつかあげると、他人に対して不寛容であることの言い訳、無作法でセンシティブではない、自身の変化や成長を否定している、環境や場面にあったリーダーのあり方に適用することを拒否する言い訳でしかないなどです。
これに対して、オーセンティック・リーダーシップを追求するために必要な自分のコア・バリューに正直であるというのは、ナルシストや自分の価値観だけに集中するという意味ではないとビル・ジョージは回答しています。
最後に(私の経験)
私の場合は、他のリーダー2名と一緒に3名でそれぞれのコア・バリューを探し出すということをしました。やってきたプロジェクトや、キャリア、家庭環境などを含めて、3人で共有しました。その上で、1名が話をしている時に、残りの2名がバリューを書き出していきます。そして、最後にコア・バリューとなるものを3人で議論しました。
このプロセスは非常に興味深く、リーダーってみんな孤独なんだな・・・・と理解するプロセスにもなり、Transparent Communicationしてみるのもいいかもしれないと思った契機でした。
未だ、試行錯誤中ですが、無理にリーダーの理想像に合わせていくよりは、素直に組織を率いれるかもしれません。正解はないですね、この領域は。